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青森地方裁判所弘前支部 昭和34年(ワ)120号 判決 1960年7月08日

原告 森山豊作

被告 国

代理人 真鍋薫 外三名

主文

被告は原告に対し金三十五万五千六百三十三円及びこれに対する昭和三十四年七月二十日以降完済まで年五分の割合の金員を支払うこと。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金八十一万円及びこれに対する訴状送達の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払うこと。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「一、原告は、中村精一に対し、昭和二十三年一月売渡のりんご代金六十万円、弁済期同二十四年五月三十一日の約の債権を有していたが、同人が履行しないので、青森地方裁判所弘前支部に提訴し、同庁昭和二十八年(ワ)第一一三号事件として係属審理の結果、昭和三十一年二月六日原告勝訴の判決言渡があつた。

二、中村は右判決を不服として控訴し、仙台高等裁判所秋田支部昭和三十一年(ネ)第三五号事件として係属したが、同年十一月五日控訴棄却の判決が言渡され、該判決は同年十二月一日確定するにいたつたので、原告は右中村精一に対し、該確定判決に基づき、金六十万円及びこれに対する昭和二十四年六月一日以降完済まで年五分の割合による金員の支払請求権を有する次第である。

三、これよりさき、中村は昭和二十三年七月二十三日、実母である中村ツルに対し、唯一の財産である別紙目録記載の不動産を贈与し、ツルは同月二十三日、右不動産の所有権移転登記を経由した。そこで原告は、ツルを相手方として詐害行為取消の訴を提起し、青森地方裁判所弘前支部昭和二十四年(ワ)第八号事件として係属したが、同二十八年九月四日にいたり同庁において、前記贈与契約を取り消し、ツルに対し所有権移転登記の抹消登記手続を命ずる旨の原告勝訴の判決言渡があつた。

ところで、ツルは当時死亡したので、その相続人である前記中村精一外四名がこれに対し控訴し、仙台高等裁判所秋田支部昭和二十八年(ネ)第一〇九号事件として係属したところ、同三十一年八月二十七日、控訴棄却の判決が言渡され、該判決は同年十月十七日確定した。

四、原告は右訴の提起にあたり、ツルを相手方として別紙目録記載の不動産につき、仮処分命令を申請し、青森地方裁判所弘前支部昭和二十四年第(ヨ)二九号事件として、同年五月二十三日、右不動産について一切の処分を禁止する旨の仮処分命令を得、同日同裁判所から青森地方法務局弘前支局(当時青森司法事務局弘前出張所)に登記の嘱託があり、同日受付第一七一五号を以つて登記がなされた。

五、原告は前記ツルに対する確定判決に基づき、昭和三十二年二月一日、右支局に対し本件不動産の所有権移転登記抹消登記を申請したところ、右不動産については既に昭和二十七年九月一日受付第五五四七号を以つて、太田清七のために、売買を原因とする所有権移転登記がなされているとの理由から、右申請は却下となつた。

六、右は前記裁判所の登記嘱託書には、「登記の目的」として「仮処分登記」と記載されているにもかかわらず同法務局の当該係員が故意又は過失によつて「仮登記」の三字をその上に加入したゝめ、前掲の処分禁止の仮処分登記が有効に登記簿に記入されなかつたことに基因するものである。

そこで原告は太田を相手取り別紙目録記載の不動産について所有権移転登記抹消の訴を提起し、青森地方裁判所弘前支部昭和三十二年(ワ)第二五号事件として係属したが、同年十二月十七日原告敗訴の判決言渡があり、原告はこれに対し、仙台高等裁判所秋田支部に控訴し、同裁判所昭和三十三年(ネ)第一七号事件として審理の結果、同三十四年五月十八日控訴棄却の判決が言渡され、次いでその確定をみるにいたつた。

七、以上のように原告は債務者中村精一の唯一の財産である別紙目録記載の不動産を同人の許に取り戻し、これについて原告の前記債権の満足を得ることができなくなつたが、これは前にも一言したように、青森地方法務局弘前支局の当該係員が故意又は過失によつて青森地方裁判所弘前支部の登記嘱託書に加筆したゝめ有効な処分禁止の仮処分登記がなされなかつたことに因るものである。従つて被告は右係員が原告に加えた損害につき賠償の責に任ずべきものといわねばならない

ところで別紙目録記載の不動産の昭和三十一年秋における価額は少くとも金百万円を下らないものであつたところ、原告の中村精一に対する昭和三十一年五月三十一日現在における債権額は、元本六十万円とこれに対する昭和二十四年六月一日以降右同日まで年五分の割合による遅延損害金二十一万円、合計金八十一万円であるが、原告は別紙目録記載の不動産の換価代金について右債権全額の弁済を受け得た筈であるから、原告の蒙つた損害は金八十一万円であるといわねばならない。よつて原告は被告に対し右金額及びこれに対する本件訴状送達の翌日から支払ずみまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告の主張に係る、中村精一に対し石岡安太郎が金三十一万円、外崎忠三郎が金五十七万円の各売掛代金債権を有しているとの事実は否認する。仮に同人らが中村に対し右のような債権を有していたとしても、右債権はいずれも同人らがりんご生産者として、その生産に係るりんごを中村に販売した代金債権であるから、民法第百七十三条第一号の債権として二年の短期消滅時効にかゝるものであり、昭和二十五年一月一日から起算して二年間、すなわち同二十六年十二月三十一日の経過により時効が完成した。また仮りに右売買が商行為としても、商事債権の五年の消滅時効にかゝるものであるから、前同日から起算して五年間、すなわち昭和二十九年十二月三十一日の経過により時効が完成している。よつて原告は債務者たる中村精一に代位して右消滅時効を援用する。

本件仮処分決定当時別紙目録記載の不動産について他の債権者による抵当権設定登記はなかつた。」と述べた。

立証(略)

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決並びに被告敗訴の場合の仮執行免脱の宣言を求め、答弁として

「原告の主張事実中、

第一ないし第三項は知らない。

第四項中、昭和二十四年五月十三日、申請人原告、被申請人中村ツル間の青森地方裁判所弘前支部の不動産仮処分決定に基づき、青森地方法務局弘前支局(当時青森司法事務局弘前出張所)に登記嘱託がなされたこと、及び同日登記済証を同支局から嘱託裁判所に交付したことは認めるが、その余の事実は知らない。

第五項は認める。

第六項中、青森地方法務局弘前支局勤務の公務員が故意又は過失により処分禁止仮処分の効力を失わせたとの点は否認する。原告が敗訴判決に対し、仙台高等裁判所秋田支部に控訴したが、同裁判所において控訴棄却の判決があり、該判決が確定したとの事実は知らない。その余の事実は認める。

第七項は争う。別紙目録記載の不動産の固定資産評価額は、昭和三十一年度において金三十二万五千二百円、同三十四年度において金四十七万六千二百六十五円である。

なお、中村精一に対しては、石岡安太郎が金三十一万円、外崎忠三郎が金五十七万円の各売掛代金を有しているから、仮りに別紙目録記載の不動産が中村精一の許に取り戻されたとしても、原告がこれにつき優先的にその債権の満足を受くべき筋合のものではない。

原告は仮りに右両名が中村に対し右のような債権を有するとすれば中村に代位して消滅時効を援用するというが債権者代位権は債務者が第三者に対して有する権利を、その債務者に代つて債権者が行使し得る権利であつて、債務者が第三者に対し債務を負担している場合には債権者代位権が発生する余地がない。又時効の援用は訴訟上の防禦方法たる性質を有するものであつて権利ということはできない。従つて本件において、中村は外崎、石岡に対して権利を有する者ではなく、同人らに対し債務を負担しているものであるから、債権者代位権を行使し得る法律関係はないのみならず、消滅時効の採用は代位権の対象たる権利ではないのである。従つて原告の消滅時効の援用はその効がない。

なお、本件仮処分決定当時、別紙目録記載の不動産には他の債権者のための抵当権設定登記が存在した。」と述べた。

立証(略)

理由

成立に争のない甲第一、二号証によれば、原告は中村精一に対し確定判決による金六十万円及びこれに対する昭和二十四年六月一日以降完済まで年五分の金員の支払を求める債権を有することが認められ成立に争のない甲第三、第六、七号証によれば、原告は、右中村が昭和二十三年七月二十三日、実母中村ツルに対し別紙目録記載の不動産を贈与し、同月三十日所有権移転登記をしたので、ツルを相手方として詐害行為取消請求の訴を提起し、青森地方裁判所弘前支部昭和二十四年(ワ)第八二号事件として係属したが、審理の結果同二十八年九月四日、右贈与契約を取り消し、右贈与に因る所有権移転登記の抹消登記を命ずる原告勝訴の判決言渡があつたこと、ツルは右判決に対して控訴し、仙台高等裁判所秋田支部昭和二十八年(ネ)第一〇九号事件として係属したが、ツルはその間死亡し、相続人である中村精一外四名が控訴人となつたが、同三十一年八月二十七日控訴棄却の判決言渡があり、該判決は同年十月十七日確定したことが認められる。

ところで、昭和二十四年五月十三日、申請人原告、被申請人中村ツル間の青森地方裁判所弘前支部の仮処分命令に基づき青森地方法務局弘前支局(当時青森司法事務局弘前出張所)に対し登記嘱託がなされたことは当事者に争がなく、そして成立に争のない甲条五号及び第十三号証、乙第三ないし第六号証によれば、右仮処分命令は被申請人中村ツルに対し、別紙目録記載の不動産について、本案判決確定に至るまで、譲渡、抵当権、質権、賃借権の設定その他一切の処分を禁止したものであつて、該登記嘱託書の「登記の目的」の欄には「仮処分登記」と記載されていたのに、登記簿記入までの過程において、右「仮処分登記」の上部に「仮登記」の三字が何人かにより加入された結果、当該登記簿には同日受付第一七一五号を以つて同日青森地方裁判所弘前支部の仮登記仮処分に因る仮登記がなされるに至つたことが認められる。

そして原告が昭和三十二年二月一日、前記詐害行為取消請求事件の確定判決に基づき、青森地方法務局に対し所有権移転登記抹消登記の申請をしたところ、別紙目録記載の不動産については、同支局昭和二十七年九月一日受付第五五四七号を以つて太田清七のために売買を原因としてなされた有効な所有権移転登記があるとの理由で該申請を却下されたことは、当事者間に争がない。

そして原告が太田を相手方として右所有権移転登記抹消の訴を提起し、青森地方裁判所弘前支部昭和三十二年(ワ)第二五号事件として係属したが、審理の結果、同年十二月十七日原告敗訴の判決言渡があつたことは当事者間に争がなく、原告は右判決を不服として仙台高等裁判所秋田支部に控訴し、同裁判所昭和三十三年(ネ)第一七号事件として係属し、同三十五年五月十八日控訴棄却の判決があり、該判決が確定するにいたつたことは、成立に争のない甲第一一号証並びに弁論の全趣旨により、これを認めることができる。

以上認定事実からみれば原告が中村ツル(承継人中村精一外四名)に対する詐害行為取消請求事件につき確定の勝訴判決を得ながら、中村精一とツル間の贈与に因る所有権移転登記の抹消登記請求権の実現を不能ならしめたのは、原告が既に昭和二十四年五月十三日、ツルに対する青森地方裁判所弘前支部の処分禁止の仮処分命令を得て、爾後の対策に万全を講じながらも、たまたま同裁判所の登記嘱託によりなされた登記が、前認定の如く仮処分の仮登記というに止まり、なんら前記仮処分の内容を明らかにしなかつたゝめ、その後昭和二十七年九月一日、ツルとの間の売買を原因として、別紙目録記載の不動産について所有権移転登記を取得した太田清七に、前記仮処分を以つて対抗し得なくなつたことに因るものといわなければならない。

しかして右のような登記がなされるにいたつたのは、前記登記嘱託書の「登記の目的」欄に記入された「仮処分登記」の上部に「仮登記」の三字が加入されたことに基因するものであり、右三字の加入は何人によつてなされたかは明らかでないが、他に特段の事情の認められない本件においては、青森地方法務局弘前支局における登記事務処理の過程においてなされたものと推認するのが相当であり、これに基づいて前記のような登記の記入をしたことは、ひつきよう同支局の当該登記官吏が、その職務を行うについて、過失があつたものといわなければならない。

ところでその結果前記仮処分命令の処分禁止が登記簿に記入されていたならば、原告は右仮処分を以つて太田清七に対抗することができ、別紙目録記載の不動産を中村精一の一般財産として取り戻し、これについて自己の債権の満足を得られる筈であつたのに、それが不能となつたのであるから、被告国は原告に生じた損害の賠償義務があることは明らかである。

よつて原告の蒙つた損害の額について考えると、鑑定人大森康史の鑑定結果によれば、別紙目録記載の不動産の昭和三十一年十月十七日当時の価額は、金七十四万二千円と認められるところ、債権者取消権行使の効果は、民法第四百二十五条に規定するように、総債権者のためその効力を生ずるものであつて、取消債権者が優先弁済を受ける権利を取得するものではない。(場合により事実上優先弁済の実をあげることはあろうが、それはあくまでも事実上の問題である。)従つて他にも債権者の存在する場合には平等の割合を以つて弁済を請求し得るにすぎない。

ところで、成立に争のない甲第六号証によれば、原告は前記詐害行為取消請求事件の口頭弁論において、中村精一に対し石岡安太郎が三十一万円、外崎忠三郎が七十一万円の債権を有する旨を主張していたことが明らかであり、証人外崎忠三郎、石岡喜兵の各証言によれば、中村精一に対し石岡安太郎は三十一万円、外崎忠三郎は五十七万円の債権を有していることが明らかである。

原告は仮りに右両名が中村精一に対して右の債権を有するとしても二年若しくは五年の消滅時効が完成しているから、中村に代位して時効を援用すると主張するが、時効の援用は債務者の意思に基づいてなさるべきものであり、代位の目的とはなり得ないと解すべきであるから、原告の右消滅時効の援用は、その効なきものである。

被告は、別紙目録記載の不動産には他の債権者のため抵当権が設定されている旨主張するが、成立に争のない乙第三ないし第六号証によれば、本件仮処分当時該抵当権の設定登記がなされていたけれども、その後抹消されていることが認められるので、この点については別段の判断を与える必要はない。

以上の説示によつて明らかなとおり、結局原告は別紙目録記載の不動産の価額七十四万二千円につき、石岡安太郎、外崎忠三郎と共に平等の割合において弁済を受け得るものであるが、原告の昭和三十一年五月三十一日現在の債権額は元本六十万円とこれに対する昭和二十四年六月一日以降右同日まで年五分の損害金二十一万円、計金八十一万円であることは計数上明らかであり、石岡安太郎及び外崎忠三郎の債権額は、前記認定のとおり、それぞれ金三十一万円及び金五十七万円であるから、右債権額に按分するときは、原告が弁済を受け得べかりし金額は三十五万五千六百三十三円(五十銭に満たない端数は切捨)となり、右金額が原告の蒙つた損害というべきである。

よつて、原告の請求は、右金額及びこれに対する本件訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和三十四年七月二十日以降完済まで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるから認容するが、これを超える部分は失当として、棄却すべきものとし、訴訴費用の負担については民事訴訟法第八十九条、第九十二条を適用して、主文のとおり判決する。

なお、原告は仮執行の宣言を求めているが、本件についてはその必要なしと認め、右申立を却下する。

(裁判官 村上守次)

目録(略)

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